家庭環境(プロフィール)

父は単語でしかものは言わない。
センテンスで話すのを聞いたのは25歳の時、初めて聞きました。

母は精神を病んで、私にありとあらゆる攻撃を仕掛けてくる。運動神経良かったのでだいぶかわしてましたけどね笑
家の中は足の踏み場もないくらいに散らかっている。

そんな家庭環境でも、御多分に洩れず、私は自分の家を「普通」、どこの家もそんなもんだと思って生きていました。

ところがある日、あろうことか、私は親がいない隙に友達を自分のうちに呼んでしまったんです。

次の日学校へ行ったら、、、。
そこで初めて我が家が「普通ではない」ということを知りました。

一通り大変な思いもしました。

でも、当時の私には新体操がありました。
オリンピックを目指していたこともあって、私は海外遠征などへ行く機会もあり、周りの同級生より「外」の世界を知っていました。
歪んだ環境の中に埋もれていても、「私には広い世界へとつながる進むべき道がある」と思っていました。
私は前だけを見て歩くことができた。
だから、何も恐れるものはありませんでした。

また、私には第2の母と呼べる存在がいました。
その人が私に、生きていくために必要なことを、叩き込んでくれました。
おかげで、人として道を踏み外さずに済みました。
感謝♪

※実は私の所属するエクスプローラーズクラブでは感謝は禁止されているんです。→理由を知りたい人はこちらへ

※第2の母から学んだことはこちら

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