○幼少期〜中学(プロフィール)

新体操のオリンピック選手を目指す。0歳の時から常に踊りがある人生でした。
約16年間、ほぼ学校にも行かずに青春すべてをかけて、オリンピックを目指した新体操競技生活でした。

私の人生のはじまりは、体育館。気づいたらずっと体育館にいました。
4歳年上の姉がやっていたので、母と一緒に姉を見ていました。
行動派の私は見てるだけではつまらない!!私もやりたい!!と反対する母を押し切って、スタートしたのでした。

いろんな舞台で踊らさせていただきました。いろんなタイトルもいただきました。ときには、日本を出てアジアで踊る機会もありました。

競技生活の中でタイトルばかり追い求めていた私は、いつしか本来の踊る楽しさを忘れてしまいました。世界を見て欧米人と比べたとき、日本人の体型や踊る環境に差があることに気づき、これ以上やっても戦えないと判断し、過去に囚われるのを辞め未来を大切にする選択をしました。

15年間、沢山の景色を見てきました。
もう人生でこれ以上最高なコンディションで人前で披露することが出来ない。
人前では中途半端に踊らないと決めて、新たな人生へと進んでいったのです。

才能あるなしにかかわらず、出来るまでやったら必ず出来るようになる。
出来ないと思って立ち止まったら、下降エレベーターに乗るようなもの。
ハッと気づいたらどんどん抜かされていく。
わたしが生きてきた世界はそんな環境でした。

試合で結果を出して有名になり、サインくださいと言われるようになっても、次の試合で結果が出なかったら、どんどん忘れ去られていく恐怖。
結果出さなかったら存在価値すらないと思う様になる。

引退した時、ダンボールにいっぱい詰まった賞状やメダルを見て思いました。
結果(肩書き)より私の財産として残ったのは過程の方でした。
肩書きに振り回されて、人からのジャッジに振り回されて生きるのにうんざりし、そこから過程を重要視するような生き方にシフトしていきました。

その経験から世の中のいろんな肩書きを持った人間を見ても、中身が透き通って見えるようになり、肩書きに一喜一憂した判断はしなくなりました。
新体操生活でフラットな目を獲得することが出来たのです。

それが、今の私を作っているのでしょう。

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